寄附者の声

寄附者の声

2016年04月19日

若者に手を差し伸べよう(古川 恒久 様)

「若者に手を差し伸べよう」
古川 恒久 様(農学部農芸化学科昭和30年卒業)


今や我が身のラスト・イベントも視野に入ってきた。
 思うに、今まで身に余る扱いを世間から受けてきたことを実感するが、これは何よりも自分が九大出身であったことに始まっていると思う。良い友人を得たこと、配偶者との引き合わせを得たこと、更に仕事の場を得る機会も、其の仕事の場における待遇でも九大出身という学歴が作用していたことは否定の余地がない。
 大学受験の当時、敗戦で俄かに零落した我が家はまさにその日暮らしの日々で、自分を頭に更に4人の子供を抱えて足腰の体力がめっきり落ちた両親には長男の九大合格は、この先の暮らしを考えると嬉しくても目先の生活をどうするか難題の発生であった。期待の稼ぎ手が期待に反して金食い虫になりかねないのだ。当然、浪人再挑戦などは論外の一発勝負だった。自己採点で71点程度、73点は考えられないという息子の言葉を親はその時どう思っていただろうかとは今でも頭をよぎる。
 このすれすれ合格の若造でも社会は不相応に良く扱ってくれて、今では何がしかの蓄えも持ち、日々の暮らしに格別の財布の不安も抱えていない。ラスト・イベントの後には何がしかの相続物が残るだろうが、子供にとってそれはそのとき偶々天から唯で降ってきただけのもの、困っている時に助けに出されたものではなく、果たして有難いと思ってくれるか疑問だ。
 このすれすれ合格を助けてくれたものが、ご存じ日本育英会の奨学資金、無利子でしかも返済は私の場合25年という超長期の均等分割返済という有り難さ、実は私は、高校生時代からご厄介になった。この援助があり、更に幾つもの巡り合わせの不思議もあって卒業時の経済不況にもかかわらず、今は悠々と暮らしている。
 世の中、当人の責任ではない不運を背負っている人は多い。親の経済状態など、子供が選んで生まれてくることができるものではない。俊秀は何処にでも生まれてくる。困っている若者に手助けをしようではありませんか。無理のない範囲で、それぞれの分に応じて。
 自分向きのものは何かないか、と予て探していたところ、九大会員という援助組織を知った。拠出の金額、時期、期間、回数、手段など、これらが如何様にでも、自分流に選択できて、この先何時でも変更できるから、手元の状況に対応してプランを変更して継続でも終了でもできるようになっている。建物や基金などをドカンと寄付することは到底できない自分でも、これなら細く永く継続してしかも無理なく受けた恩を社会にお返しすることができる。
 皆さん、九大から更に社会から受けた恩をこのような形で俊秀に託してお返ししようではありませんか。

(本記事は、九州大学農学部同窓会報第48号(平成26年12月発行)に掲載されたものです。)