Voices

支援を受けた研究者・学生等の声

ビニルハウスでも脱炭素化! スマートCO2回収・利用システム

2023.06.06

安武 大輔 准教授

農学研究院環境部門


持続可能社会の実現は21世紀に生きる人類共通の課題であり、深刻化するエネルギー・環境問題の解決は、向こう100年以内には必ず解決しないといけない問題です。20世紀における食糧問題を科学技術の力で乗り越えて来たように、何らかの形でエネルギー問題の解決策を見出す必要があります。「九州大学基金 エネルギーの脱炭素化に向けた研究事業」では異なる専門性を持つ研究者が協力し合い、この課題に取り組んでいます。
今回はその中から施設園芸農業で気候変動に対する社会的課題(持続性)の達成と食料生産のイノベーション(スマート農業)の実現を目指すグループ代表、農学研究院環境部門の安武 大輔 准教授にお話をお聞きしました。


―先生ご自身のご研究は何ですか?

安武 ザックリいうと、私は
ビニルハウス等での農業生産(施設園芸農業といいます)をよくする研究をしています。例えば植物と環境の関わりを調べたり、CO2
の問題も扱います。

―ビニルハウスでCO2問題?具体的にはどういった問題があるのでしょうか。

安武 施設園芸農業は、
多様な環境調節技術によって高い生産力を発揮しますが、同時に温暖化の原因にもなってしまうCO2排出を伴ってしまいます。CO2の問題は大きく2つあります。
1つには、CO2施用(せよう)の問題。CO2の植物の成長には光合成が必要ですが、昼間の光合成を促進させるためにCO2ガスを人為的にビニルハウス内に与える技術があります。これをCO2施用というんですが、CO2施用というのは、ビニルハウスの換気前しか出来ないんです。なぜかというと単純な話で、ビニルハウスのCO2濃度を上げても、換気をするとCO2が外に漏れてしまうからなんです。ですがビニルハウスは日中温度が上がるため、温度を下げる換気というのが必ず発生します。このCO2施用時や換気時に漏出するCO2ガスを回収し、再利用できないかということ。
もう1つは、夜間暖房の排ガス(CO2)の再利用です。ビニルハウスというのは秋から春に使用しますが、冬の夜間は温度が下がるため
暖房が必ず必要です。暖房は主に重油の燃焼によってなされますが、その際に大量のCO2ガスが排出されるんです。CO2が必要なのは昼間の光合成の時間帯なので夜間は不要です。夜間にできたCO2を昼の光合成でうまく活用できれば、とても効率的ですよね。
私たちの研究グループは、最先端のCO2回収・貯留・利用技術を用いて、施設園芸農業における生産力向上と持続性の両立を実現するための研究を行っています。



ビニルハウスの前で学生の皆さんと。糸島を含む田園風景は四季の移ろいを感じることができ、オフィスからの眺めが安武先生の九大お気に入りスポットだそうです。

このグループが進める研究の新しい部分とは何でしょうか

安武 工学研究院、エネルギー研究教育機構の最先端のCO2回収・貯留技術と、農学研究院の最先端のスマート農業技術・CO2利用技術を組み合わせることで、施設園芸農業に今までにない全く新しい「スマートCO2回収・利用システム」を作り出そうとするところです。

先ほどお話した暖房の排気CO2を回収・貯留し、昼間に利用するシステムは、同じグループの工学研究院 星野友教授や農学研究院 岡安崇史教授が以前から進めている九大独自の技術が採用されています。これは成果が出てきているものの、まだ一般的には普及していません。一方、昼間のCO2施用時に漏出するガスの回収・再利用というのは、実はすごくチャレンジングなんです。皆さんもイメージしてみてください、冷房しながら窓を開けていると涼しくならないですよね。CO2濃度を上げたいのに換気もしなきゃならない、その条件下で効果を上げるんですから、これは本当に大変なんです。


ビニルハウスの中では温湿度を管理し、自動的に屋根開閉・水の散布などがプログラミングされています。CO2濃度や光合成の量などとあわせ、それらのデータを随時収集しています。

―なるほど…!生産性を上げるにはCO2がいるし、かといってビニルハウスの換気は必要だし、換気してしまうとCO2が漏れてしまう。生産性と環境への配慮を両立させるというのはとっても大変なことなんですね。

安武 そうなんです。
CO2施用というのも、実はかなり昔、1970年代頃から行われてきたものです。ですがなかなか効果が得られませんでした。というのは、ビニルハウス内のCO2の濃度を測る技術や、どういった条件下で効果が上がるのか、といった科学的裏付けが出来ていなかったためです。また、CO2が必要なのは植物であって、ビニルハウス全体にCO2が広がる必要はないんですね。局所環境調節といいますが、植物の近くにだけCO2が多くなるよう調節出来ないか、といったことも研究しています。

―農業というのは歴史が長いですし、色んな改良がされてるのかと思っていましたがまだまだ効率の余地がたくさんあるんですね。

安武 そうですね。農業というのはどうしても生き物が相手ですから、なかなか工業のように効率化が進まなかった部分もあると思います。我々アカデミアとしては、ICT・スマート技術などを使った科学的根拠に基づいて効率化と生産性を同時に高めるお手伝いが出来ればと思います。また、
農業が気候変動に対して責任ある行動を示すためにも、施設園芸におけるCO2排出への対策をしっかりととる必要があると考えています。



今はビニルハウスでイチゴやホウレンソウを育ててデータを収集しているそう。やっぱり皆さん研究者の血がさわぎ、取材も忘れて段々とイチゴの生育状況に話が及んでいきます。

普段はどのようにモジュールの先生方と研究を進めていらっしゃいますか?

安武 外での研究も多く、とても忙しい先生方ばかりなので、農業情報を専門とするモジュールメンバーの岡安先生が、オリジナルのグループワークシステム(GW)を作ってくれました。GWではタスクやファイルの管理のほか、チャット機能も備わっているので、このGWを活用して、普段は建物が離れたメンバー間でも情報を共有しながら円滑に研究を進めています。

―色んな分野の先生方が同じグループを作ることで、どういう効果があるのでしょう。

安武 例えば先ほど言ったCO2回収・貯留システムを進めている星野先生、エネルギー研究教育機構のSelyanchyn准教授は、材料を作るのが本来の研究分野です。農業が専門ではありません。これを農業でいかに活用できるようにするかといったものは私の分野です。加えて、システムの制御・評価は岡安先生、さらに経済的評価・改善をカーボンニュートラル・エネルギー国際研究所のChapman准教授が行うことで、システムとして確立していくことができるわけです。こうやって全てのフローをグループでやれるだけの研究者が揃っているというのは本学の強みだと思います。

グループが目指す将来像などはありますか?

安武 2つあります。1つ目は、グループの活動を通して異分野融合のイノベーティブな効果を農業の分野で示すことです。色々な専門・立場の人が集まることで、新しいものを生み出せるかもしれないワクワク感こそが、「大学」の大きな武器だと思います。その効果を私たちの分野で実証出来たらと思っています。2つ目は、このような活動で、10-20年後の農業に根付いているような技術ができたらと思っています。


―私たちの食を支える農業で、これからももっとワクワク出来るような新しい技術が根付いていくと嬉しいですね。本日はありがとうございました!


脱炭素化を実現するエネルギーシステムの研究プロジェクト
代表 農学研究院環境部門 安武 大輔 准教授
温泉大好きな安武先生の好みの温泉は「温度ぬる目」、「トロトロ質感のお湯」、加えて「フィット感がある背もたれ」がある温泉施設が好みだそうです!



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施設園芸農業におけるスマートCO2回収・利用の実現に向けたスタートアップ共創研究
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